院長の論文紹介コーナー

歯界展望 Vol.92 No.6(1998年12月号)医歯薬出版 

 

 テレスコープデンチャー再考
    
〜コーヌスからパラレルコーン・テレスコープへ〜 

横浜市開業 吉 田 秀人

じめに

 一世を風靡したコーヌスクローネが日本の歯科界から姿を消してもう10年にもなろうか。
 今さらという感が無きにしもあらずだが、いったいなぜコーヌスは一時的にもてはやされ、その後衰退してしまったのかという疑問を明らかにし、コーヌスの持つ魅力と問題点をあらためて検証してみたい。


ーヌスの盛衰

 医療の中において特異な存在である歯科界においては、なぜかブーム(流行)というものが存在する。
 私が歯科大学を卒業した1983年(昭和58年)は、コーヌス真っ盛りの時期。補綴に特に関心のあった私が、そのコーヌスの洗礼を受けないはずはなく、コーヌスデンチャーが審美性と機能を両立した優れた義歯に見えたことを、今も鮮明に記憶している。 

 しかし、当時は勤務医であったことから、補綴設計を自由に行うわけにはいかず、コーヌスデンチャーは開業までおあずけとなった。
 そして、待ちに待った開業となったころ、見聞きするコーヌスの話題は、いつのまにかネガティブなものばかりとなっていたのである。


ーヌスはトラブルメーカー

 コーヌスデンチャーの臨床現場では、「義歯が入らない!」「義歯が落ちる!」「義歯がはずれなくなった!」「内冠がはずれた!」などというのは日常茶飯事。
 あまりのトラブルの多さから、しまいには「内冠の脱離程度は、トラブルの内に入らない」という身勝手な発言も聞かれ出し、せっかく開業して自由の身になったのにもかかわらず、全て自分が責任を負わなければならなくなった立場としては、恐ろしくてコーヌスなど出来なくなってしまっていた。

 しかしながら、なぜ一世を風靡したコーヌスが次第にトラブルメーカーの烙印を押されることになってしまったのであろうか。その当時この疑問点について、未経験者なりに考察してみたことがある。

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ーヌスデンチャーがトラブルを起こす理由は?

1. 適切な維持力のコントロールが不可能であるため。(維持の問題)

 K.H.ケルバー教授の理論においては、コーヌス力とは、内外冠の接触面において維持、把持、支持が同時に発現することをいい、コーヌス力が適切に発揮されるには、内外冠の天井が底着きしない所定の位置で全面が同時に接触する必要があり、そこでは摩擦は起きないことになっている。(図1)

図1. コーヌスの内外冠の適合の説明図

1. 撤去時と嵌合時に維持面の摩擦は生じない。

2. 内冠外側面と外冠内側面の間で維持力が発生する。この際、天井部は接触しない。

3. 外冠の過寸法が生じると、垂直維持面は接触せず、維持力は発揮しない。


 したがって、コーヌスは接触面が摩耗しないため、維持力や咬合高径の経時変化がないとしている。
 これは、内外冠ともに、接触面を精密にミリングして製作できれば可能かもしれないが、実際の技工作業においては、通常その適合は鋳造精度に依存している。そして、現在の鋳造精度で、K.H.ケルバー教授の理論を忠実に再現することは不可能といえる。
 実際の臨床で、コーヌスと謳われている症例の内冠を見てみると、軸壁表面が外冠の内面に擦られて傷だらけになっている。これは、内冠と外冠がある数カ所の点で接触することによる摩擦での維持力が出ていることを示している。(図2)これでは、経時的に接触点が摩耗し、維持力や咬合高径に変化が出てきて当然であり、義歯がはずれなくなったり、内冠の脱離などを起こすのも無理からぬことである。

図2. 鋳造精度に由来するコーヌス外冠の適合精度

A. コーヌスは、内外冠の接触面において維持、把持、支持が同時に発現するシステムで、そのためには、内外冠の天井が底着きしない所定の位置で、全面が同時に接触する必要があり、そこでは摩擦は起きないことになっている。

B. しかし実際の臨床では、鋳造による歪みによって、本来のコーヌスとしての適合は得られず、内冠と外冠が数カ所の点で接触することによって摩擦がおき、維持力が発現していると思われる。

 

2. 咬合高径のコントロールが難しいため。(支持の問題)

 コーヌスでは、外冠が過度に膨張してしまった場合、内外冠の天井が底着きしてしまいコーヌス力が発現しないわけだが、K.H.ケルバー教授によれば、コーヌスには外冠の寸法変化にかなりの許容性があり、外冠が少し大きい場合でも小さい場合でも、天井が底着きしていないかぎり、内冠と外冠の縦方向の位置関係がずれるだけでコーヌス力は変わらずに発現するとしている。(図3)
 しかし、その場合の縦方向のずれに伴う咬合高径の変化は、製作過程のどの時点で、どう補償されるのだろうか。

図3. コーヌス外冠の寸法変化による垂直的位置関係の比較

 K.H.ケルバー教授によれば、斜面上の適合によるコーヌス特有の許容性によって、外冠の寸法変化(膨張と収縮)は、内外冠の天井が底着きしないかぎり補償されるとしている。しかし、かりに維持力が規定どうりに発現したとしても、垂直的位置関係のずれはどこで補償されるのだろうか。

 

3. 義歯をはずす際に加わる支台歯への力のため。(維持力の問題)

 コーヌスが理論どうりに出来ていれば問題ないのかもしれないが、実際には義歯をはずす時に、内冠が脱離するほどの強い力で支台歯が歯冠方向に引っ張られている場合が多いようである。

 歯根膜をはじめ、歯牙と歯周組織は、歯冠方向に引っ張られる力に耐えるように出来ていない。この強い維持力による支台歯への負担は、様々な問題を生み出しかねない。

 

 以上が、その時思いついたことであった。

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は、トラブルが起きないコーヌスはできないものか

 しかしながら、どうしてもコーヌスへの未練は捨てきれないでいた。そして、いろいろと考えたあげく、コーヌス力が発現しないように、内外冠の適合をジャストフィットの鋳造冠のごとく、きつすぎず、かつゆるすぎないようにし、天井を底着きさせることで、内冠の脱離や咬合高径の変化などのコーヌス特有のトラブルが起きない、コーヌスもどきのコーン型テレスコープデンチャーを製作してみたことがある。
 コーヌスと同様の角度設定(全周6°)のまま維持力をゼロとした、このテレスコープデンチャーに対する患者の反応は、概ね良好であったが、いかんせん維持力がないため、餅などの粘着性のある食べ物を食べた場合には、時として義歯が持ち上がってしまうことがあった。

 

木氏のパラレロコーヌスとの出会い

 このコーヌスもどきテレスコープデンチャーの、粘着性のある食べ物を食べた場合に浮き上がってしまうという欠点を、維持力を付け加えることなく解決する方法をいろいろと考えていたものの、どうにもこうにも思い浮かばずにいた矢先、歯科技工士・青木智彦氏の論文「パラレロコーヌスについて」(QDT誌1988年10月号)が目に止まった。

 驚いたことに、この論文には、私が探し求めていたものが実に明解に記されていたのである。青木氏の考案したパラレロコーヌスは、内冠同士の相拮抗する面のコーヌス角をほぼ0°(パラレル)とするコーヌスの変法で、コーヌスの維持力が発現しえなくなった状況においても、把持力で義歯を安定させるとともに、離脱を防ぐことができる画期的なシステムなのである。

 パラレロコーヌスの特徴は下記のとおりである。
 
@コーヌス支台歯間において、相拮抗する軸面の関係を各0.5゚のテーパーに設定し、その相互軸壁をもって把持とする。

A内冠の軸面形成は、コーヌス角6゚の全周単一斜面で製作し、コーヌス力は低く抑えてこれを維持とする。

Bコーヌス力が機能している状態で、パラレルの把持と合わせて支持とする。

 

パラレロコーヌスの原理図

 Aの形式は、上下顎両方に用いられる基本的な設定方法で、外斜面同士をパラレルに近い関係としたもの。

 Bの形式は、とくに舌側への傾斜の多い下顎の症例に用いる設定方法で、内斜面同士をパラレルに近い関係としたもの。

それらの軸面が拮抗することで把持力が発生し、義歯が安定する。

 



ラレロコーヌスからパラレルコーン・テレスコープへ

 ただ、青木氏のパラレロコーヌスは、普通のコーヌスよりも維持力を少なくしているとはいえ、ゼロにしているわけではないため、私は青木氏が考えた平行軸面で得られる把持力のアイデアだけをいただき、以前から製作していた維持力ゼロのコーン型テレスコープに付け加えることにした。

 そのようにしてできた義歯は、維持装置自体の維持力がゼロであることから着脱が容易で、内外冠の天井が底着きしていることから支持が安定していることに加えて、平行軸面の把持効果によって粘着性のある食べ物を食べても浮き上がることがなくなったのである。
 もちろん、義歯自体の維持力はゼロではなく、床と粘膜の間と、内外冠の間に介在する唾液による吸着力が、僅かではあるが維持力として機能していると考えられる。したがって上顎の義歯においても、無闇に外れることはないばかりか、来院時に術者が外そうと思って引っ張っても外れないこともしばしばである。ところが、この義歯に慣れた患者は、厳密に規定された着脱方向を体で覚えているため、わずかな力でいとも簡単に外すことができるのである。

 これで、テレスコープシステム固有の欠点である支台歯の歯質削除量が多いことと、義歯をはずした時の審美性に難があるという点を除けば、機能と審美性を高次元で両立したパーシャルデンチャーが誕生したといっても過言ではないと自負している。
 この義歯は、青木氏のパラレロコーヌスと、見た目にはほとんど区別することは出来ないが、コーヌスとしての維持力を出さないように設計しているところが異なるため、あえてコーヌスという名称は用いず、パラレルコーン・テレスコープデンチャーと呼ぶことにしている。

 

パラレルコーン・テレスコープの原理図
 Aは、外斜面同士をパラレル(平行)に近い関係としたもの。

 Bは、内斜面同士をパラレルに近い関係としたもの。

 青木氏のパラレロコーヌスと同じように見えるが、0.5°の面と6°の面は別々に角度設定をして形成するため、0.5°の軸面の範囲(パラレルエリア)は自由に設定できるところが異なる。この方法の欠点として、それぞれの軸面の境界に稜線が出来てしまうが、現在のところはその稜線をフリーハンドで移行的に処理している。

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顎遊離端欠損に対するパラレルコーン・テレスコープの一症例

患者:76歳 女性 無職

初診:1993年 2月

主訴:入れ歯の歯が折れた

全身的既往歴:特記事項なし

歯科的既往歴:以前より齲蝕を原因として抜歯され、パーシャルデンチャーを何度か作り直してきた。

 

 主訴は上顎義歯の人工歯脱落だが、口腔内全体に問題が認められる。
 残存歯によるバーチカルストップは存在しない。

初診時の状態 1993.2.16

 患者の口腔内を調べてみると、主訴である上顎義歯の人工歯脱落だけではなく、口腔内全体に問題があることから、全顎にわたる総合的な治療を提案した。
 上顎については、残存している5本の歯牙の位置関係を考慮し、パーシャルデンチャーではなく、クロスアーチのフルブリッジを装着することにした。
 下顎については、すでに齲蝕治療が施されている歯牙が多いことから、両側遊離端のパラレルコーン・テレスコープデンチャーを装着することにした。パラレルコーン内冠には、外側にパラレルエリアを設定し、その拮抗作用で把持力を持たせる設計とした。

パラレルコーン内冠の設計図          装着された内冠

 

 このパラレルコーン・テレスコープデンチャーは、コーヌスとは違って、まったく維持力がないわけだが、拮抗する平行軸面による把持力があることで、粘着性のある食べ物を食べた時もはずれることはない。しかし、患者がはずそうとした時には、力を入れることなくはずすことができるのである。
 このことが、内冠が脱離したり、義歯が外れなくなったりというコーヌス特有のトラブルを防ぐことにつながるとともに、支台歯に対する負担も軽くなると考えている。

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のパラレルコーン・テレスコープの構造を整理すると

 @ テレスコープ支台歯間において、相拮抗する軸面の関係を各0.5゚のテーパーにし、その相互軸壁(パラレルエリア)をもって把持とする。

 パラレロコーヌスと同様に軸面の関係を本当のパラレル(0°)にするのではなく、0.5°のテーパーをつけるところがポイントである。このことによって、拮抗作用を犠牲にすることなく、着脱時の摩擦を防ぐことができる。

 

 A 内冠の軸面形成は、パラレルエリア以外は6゚で製作し、コーヌス力(維持力)が発現しないように、外冠を若干膨張気味に製作する。

 この6°のテーパーをつけるというのも、旧来から存在する平行軸テレスコープ(シリンダーテレスコープ)の適合の難しさ、金属の摩耗という欠点を防ぐためである。

 

 B 内冠の上面と外冠の天井部分が接触する状態で支持とする。

 このことによって、咬合面レストと同様の確実な支持が得られるとともに、長期的な咬合の安定が保証される。


 

 私がパラレルコーン・テレスコープを臨床に取り入れるようになってから、ようやく10年が経過したところだが、内冠の離脱などのトラブルはほとんど無い。また、支台歯に無理な力がかからないというメリットを生かして、二次性連結固定(二次固定)装置としての歯周補綴にも積極的に利用している。

 

 

とめ
 数あるパーシャルデンチャーの維持装置の中にあって、20数年前に画期的な理論を携えて登場し、一世を風靡したコーヌスクローネ。しかしながら、あまりのトラブルの多さから、次第に臨床家に敬遠されてしまったわけであるが、その原因は、机上の理論と実際の技工精度とのギャップにあったといえよう。
 敏腕の歯科技工士においてさえ、コーヌス冠の適合を理論どうりに再現することは出来なかったのである。

 今回は、トラブルメーカーの烙印を押されてもなお、魅力の残るこのコーヌスクローネの特徴を再考し、トラブルフリーの理想的なテレスコープシステムを導き出すべく、その過渡期としての二つのアイデアを紹介させていただいた。
 その一つがコーヌスの特徴を最大限に生かしながら、装着後のトラブルを未然に防ぐために生まれた青木智彦氏のパラレロ・コーヌス。そしてもう一つが、そのパラレロ・コーヌスをもとに私が考えた維持力の無いパラレルコーン・テレスコープである。

 これらのシステムにおける最も重要なポイントは、パーシャルデンチャーの維持装置に必要不可欠な要素が、その名が示す維持(Retention)そのものではなく、把持(Bracing)支持(Support)である、ということ。

 把持がしっかり確保されていればいるほど、義歯の離脱を防ぐための維持力は必要なくなり、また把持と支持の双方が確立されることによって、義歯が口腔内で安定するのである。
 そうなってこそ、患者が義歯を快適に使用できうるであろうし、これこそが、義歯装着後のトラブルを防ぐ第一歩であると考えている。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました! 

 
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